インド

写真で振り返るインド滞在38日間

バラナシ

  夕方になると屋台でプーリーを食べるのが日課になっていた。暑いバラナシでは食欲が落ち、少し酸味のあるあっさりしたプーリーが美味しい。散歩を終えて宿に戻る途中、プーリーの移動式屋台の前では常に5人くらいが群がっていた。人気屋台なのだろうか。親父に20ルピー分食べたいことを伝えると、もう売り切れだよと度々言われた。

  屋台によるかもしれないが、プーリーを皿に乗せるテンポが早い店が多かった。皿に入ったプーリーを口に入れると、すぐに次のプーリーを皿に乗せてくれる。まだ口の中に入っているのにもかかわらず、皿には新たなプーリーが乗っている。あまりにも皿に乗せるテンポが早いので、急かされてる気分になってくる。「ちょっと入れるの早い。もう少し皿に乗せるペースを下げて欲しい」と伝えたぐらいだ。

  毎回、写真を撮るのを忘れるほど夢中になって食べた。インドに行ったら、また食べたいB級料理の一つ。

ブッタガヤ

  不気味な光景を目撃してしまった。インドに来てゴミが路上に片隅に落ちているのはよく見てきたが、まさか動物の切断された下半身を見るとは思わなかった。

  寺院巡りを終えて宿に向かい歩いていると、遠目に白い物体が路上に横たわっていた。始めは気にせずに歩いていたが、物体に近づいていくたびに形が認識できるようになった。

       物体の前で足を止めると、尻尾のある切断された下半身が路上の隅に横たわっていた。大きさや形からみると大型犬だと思うが、車かバイクにでも惹かれたのだろうか。

       奇妙だったのが、辺りを見回しても上半身はどこにもなかった。なぜ切断された下半身だけが路上にあったのだろう。

  翌日にもう一度見に行こうと思ったが、残念ながらインフルエンザにかかり部屋から出て歩く気力がなかった。

コルカタ

  安宿が多く集まるサダルストリートに行ってみたが、手頃な安宿がなかなか見つからなかった。インド人云く「外国人。特にバングラデシュ人の買い物客が増え始めたことで、宿の値段が上がった。」と言っていた。シングルルームは安くても700ルピーくらいするが、部屋は狭く汚い宿が多かった。

  数年もすれば、さらに宿の値段が上がっていく気がする。それでもコルカタの中では安い値段で泊まることができる。ホテル予約サイトでコルカタの宿の値段を調べたが、インド第3の都市だけあって、アーグラ、バラナシ、ブッタガヤと比べるとさすがに高かった。

問題だらけのインド鉄道

  3等列車でバラナシからガヤに向かう途中、若いインド人がコンパートメントにやってきた。男は空いているシートに自分の荷物を置いて席を確保すると、どこかへ消えていった。

      5分くらいすると、2人の男を引き連れて戻って来た。一緒のコンパートメントだったフランス人の女が「あなたたちの席の番号は?」と尋ねると、リーダー格の男が「30番」とぶっきらぼうに答えた。

  私たちの席は41番から始まる。いったいどういうことだろうか。席を間違えてるとは思えないし、なによりチケットを持っていれば席は確保されている。

      女は「あなたたち電車のチケット持ってるの?持ってるなら見せて。」と言ったが、インド人たちは女のことを無視した。それぞれ空いているシートに荷物を置くと、すぐに寝っ転がってそっぽ向いてしまった。男たちは無賃乗車なのかもしれない。

  女は「もしかしたら、私たちが寝ている間に荷物盗まれるかもしれないから気をつけて」と私の耳元でささやいた。最初は考えすぎだと思ったが、言葉とは不思議なものだ。初めは全く気にも留めていなかったが、少し意識を向けるだけで彼らが泥棒集団に見える気もする。女は「トイレに行ってくるから荷物の見張りお願いね。」と言い残しコンパートメントを出て行った。

  一応警戒をしていたが、男たちは私たちの荷物には無関心だった。仮に寝ている乗客の荷物を盗む気なら、3等列車よりもグレードの高い2等列車の乗客を狙うだろう。少しして女が戻ってきた。私はアイコンタクトで何も問題なかったことを伝えた

  30分くらい走ると、名もわからない田舎の駅で停車した。プラットホームには夜中にもかかわらず、15人ほどの警察官が立っている。電車はしばらく停車していると、3人1組になた警官が電車内の見回りを始めた。

      何か事件でもあったのだろうか。通路から様子を見ていると、各コンパートメントを訪れて何かを調べているのがわかった。電車が走り出すまでに結構な時間がかかりそうな気がした。

10分くらいすると、警官は私たちのコンパートメントにやってきた。その中の1人と目が合うと頭を下げて解釈をしたが、どうやら私には全く興味がないらしい。すぐに私から視線をそらした後、前で寝ている無賃乗車の男たちを叩き起した。

      警官は男たちとヒンディー語で話をしていたが、内容がまったく理解できない。おそらくIDを見せろとか、身分の確認をしたいのだろうが、男たちはそれを拒否しているように見える。

  なかなか警官の要求に応じない男たちは、ついに電車の外へ連れて行かれた。15分くらい待っていたが、彼らが戻って来る気配はなかった。20分ほど停車していただろうか。彼らが戻って来る前に電車は走り出した。

  電車が走り出した後、連行された男たちの話になった。女云く「無賃乗車で乗っていたから、連れて行かれたのよ」と言っていた。たかが無賃乗車で乗ったくらいで、そこまで問題になるのだろうか。お金を払わなくても乗れちゃうインド鉄道のシステムの方に問題があると思うが。

インドにもう一度行きたいか?

と聞かれたら迷わず行きたいと答える。実際に腹痛とインフルエンザで体調不良の時もあったが、体調不良は永遠に続かない。大抵、長くても一週間もあれば回復するので大きな問題ではなかった。

  移動に関しては電車が大幅に遅れて予定が組みにくいのが難点だった。電車が数時間遅れてくるのに慣れてないので、始めのうちは苛立ってばかりいた。

     しかし、数時間も待っていると、次第に怒りから諦めの感情へと変わっていくのはインドならではの経験だったと思う。さすがに5時間も遅れるのは、他の国では滅多にないはず。感情が変化していくほど、長い時間待った。今思えば、電車をのんびりと待っているのは贅沢な時間を過ごしていたと改めて思う。

  プラットホームにいる野良犬に気に入られたこともあった。見るからに狂犬病持ちだろう犬が、移動しても移動しても私の後をずっとついてくる。犬がついてくるので困り果てていると、近くにいたインド人がサンダルを手に持って「あっちいけ。あっちいけ。」と追い払ってくれたこともあった。

  プラットホームで電車を待っていると、野良牛が突進してきたこともあった。大人しく落ちているゴミを漁っていたと思ったら、突然、暴れ出して人間目掛けて突っ込んでくる。近くにいた人は避難する中、細くて頼りなさそうな男が牛を誘導し遠くへ連れていく。牛が去った後はみんなで笑いあった。電車が予定時刻通りに来てたら、経験できなかったことである。待たされるのも悪くない。

     38日間と予定よりもかなり短い旅になってしまった。6ヶ月のダブルビザを取得して来たが、わずか1ヶ月ちょっとでインドを離れるとは。当初はビザの期限ギリギリまでいるつもりだった。しかし、予想以上に暑いインド。5月になると、さらに暑くなるというので、暑さに耐えられずに別の国に行くことにした。

  

 

 

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