インド

【インド一人旅】バラナシのガンジス川でボートを貸し切って遊覧する

     バラナシに来て1週間が経った。朝食を食べに行った帰りにガートをぶらぶらと歩く。夕食を食べた帰りにガートをぶらぶらと歩く。1日に2回はガンジス川のガートを散歩するのが日課になっていた。

     私の滞在していた宿はアシガート付近で、観光客の多く集まるダシャーシュワメードガートまで徒歩で20〜30分くらい時間がかかる。いつものようにアシガートからダシャーシュワメードガートまでの散歩を終えて宿に戻ると、オーナーが1階のオフィスで友人達とくつろいでいた。

     軽く解釈をして部屋に向かおうとすると、「明日の早朝にボートに乗らないか?」とオーナーから声がかかった。バラナシに着て1週間が経つが、日々ガートを散歩するだけで、ガンジス川から見たバラナシの景色はまだ見ていない。ボートに乗るのは以前から興味があったので値段を尋ねてみると、1時間200ルピーでいいと言った。もう少し安くならないのか聞いてみたが、1時間200ルピーは友人価格だよと答えた。

     ガートを散歩していると、「ボートに乗らないか?」とよく声をかけられる。値段を聞いてみると、大抵1時間300ルピーと答える。言い値が300ルピーだから交渉すれば安くなるが、どうせ乗るなら信頼できる人のボートに乗りたい。知らない人についていくと、1時間と言っても40分くらいで切り上げたり、最後に値段をふっかけてきたりと余計なトラブルに遭う可能性がある。だから、呼び込みの男に声をかけられても丁寧に断っていた。

     ボートを1時間200ルピーで貸し切るれるのは、例えここがインドじゃなくても安い値段だ。オーナーにボートに乗りたいことを伝えると、「明日、船を漕ぐのはそこに座っている男だよ」と色の黒い男を指差した。

     男の家系は代々ボート漕ぎで、400年ほど前から続いている。数年前にモディ首相がバラナシに来た時、首相を乗せてボートを漕いだことを教えてくれた。男の名刺には、その時の写真がプリントされており、由緒正しきボート漕ぎだとオーナーは説明してくれた。

     400年という途方もない年月に驚きを隠せなかったが、オーナーはそんな年月など気にする素振りも見せずに淡々と友人である男の話を語る。話を聞いていると、カーストという言葉は出てこなかったが、私の頭の中ではこれがインドを語る上では欠かせないカースト制度なのか気になっていた。

     インドに来る前にカースト制度についての本を2冊程読んできた。しかし、実際にインドに来ても、ヒンディー語の喋れない私にはカースト制度の表面すらも見ることができない。ニューデリーについて2日連続で路上で取っ組み合いの喧嘩をしているのを見たが、カースト制度が関係しているのだろうか。2回とも身分の低そうな人が一方的にやられていた。周りのインド人は止めるわけでもなく、ただ輪を描くように並び見ているだけだった。一方的な展開に喧嘩という表現よりも、いじめという表現の方が合っているのかもしれない。

ガンジス川を遊覧

     早朝5時、男は約束の時間を10分過ぎてやってきた。宿からボートの止めてあるガートまで徒歩で向ったが、男の口には接着剤を塗ってあるのか一言も発することなく無言で歩き続けた。アシガートは夜明け前だというのに、即に数十の人が活動をしている。ガートに座りガンジス川を眺めたいたり、川の岸で沐浴の準備をしていたり、地面に座り瞑想をしていたり、各自がそれぞれの時間を過ごしている。

     ボート乗り場に着くと、男は無言で使い古された木製のボートを指差した。今にも沈みゆきそうなボートに乗り込むと、ゆっくりとボートを漕ぎ出した。早朝のガンジス川は、日中に比べて静かで清らかな雰囲気が流れている。初めてガンジス川を見たときは、聖地という神秘的な言葉とは対照的に賑やかで観光地化されてショックを受けた。しかし、早朝のガンジス川は、ここがヒンドゥー教の聖地という言葉を思い出させてくれた。

     雲ひとつない空の下、男は静かにボートを漕いでいる。建物の近くを通っても、何も説明してくれず、ただ淡々とマイペースでボートを漕ぎ続ける。建築やヒンドゥー教について説明して欲しい気持ちがあったが、流れ行く景色を静かに見ているのも悪くなかった。    20分くらいすると空の色が変わり始めてきた。相変わらずガンジス川ではボートがせわしなく行き交っている。陽が昇り始めてきた頃、朝陽に照らされオレンジ色に輝いたガンジス川。朝陽を見ようとたくさんの観光客がボートに乗って写真を撮っている。観光客が多い中、地元の漁師が網を仕掛けながらボートで移動していた。ガートの方を振り返ってみると、サリーを着たまま沐浴している女性が目に止まった。朝陽に向かい、何を祈っているのだろうか。1時間の遊覧はあっという間に終わってしまった。ボート乗り場に戻ると、毎日の日課になっている散歩をすることにした。まだ7時前だというのに、早くも髭を剃っていたり、散髪が行われていた。近くで様子を見ていると、手の空いた職人が「髭剃るか?」と聞いてきた。頬を触ってみると、先日剃ったばかりだったので断った。朝の光を浴びて瞑想をする人々。

夕方のガート散歩

陽が沈んだ頃にガートを歩くと、朝とは違った表情を見せてくれた。ガートではクリケットが行われていたり、ソロライブ演奏が行われていたり、観光地らしい賑やかな雰囲気が良かった。しかし、アシガート付近ではあまり観光地化されていないのか、賑やかさとは無縁な静けさだった。

     バラナシでは特に何をするわけでもなく、ふらふらとガートを散歩する日々が続いた。アシガード付近の火葬場で焼かれていく光景を眺めていたり、ガートに座ってチャイを飲みながらぼーっとしたり、路上ライブに耳を傾けていたり、何もしない日々が心地よかった。

おわりに

     3月に入ると、日を追うごとに暑くなっていった。太陽の日差しが強い時間は、行動力が下がり宿で過ごすことが多くなる。日中は35度近くまで気温が上がり、出歩くのが億劫になる。気付けば半引きこもり状態になっていたが、暑いインドでは無理せずマイペースの旅が心地い。

 

 

 

 

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