ポーランド

シンドラーの工場跡でホロコーストの歴史を知る【ポーランド一人旅】

  シンドラーの工場跡は、クラクフ中心地から徒歩で20〜30分くらいだろうか。中心地からトラムで行くことができるが、クラクフはポーランド文化の中心地。のんびりと古い街並みを堪能しながら散歩がてら行くことにした。

      7月の観光シーズンということもあり、午前11時前にもかかわらず、チケット売り場には15人ほど先客が並んでいた。家族、友人、カップルなど、一人で来ている来館者は少ない。チケットを買うレジは1カ所しかなく、チケットを購入(24ズロチ)するのに10分くらいかかった。

      チケットを受け取ると、「ロッカーにバックを預けてください。」と言われたので荷物を預ける。引き換えの札をもらうと、階段を上がって展示室に向かった。

     2階の展示室に入ると、6畳ほどの狭い室内の壁には小さな写真が20〜30枚くらい飾られている。一枚一枚丁寧に見ていると、後ろから続々と人が押し寄せきたので、次の展示室に向かった。 展示室に入ると、室内の中央には円形型の置物が設置されている。覗き口の下には、座って見ることができるように椅子が置かれている。眼鏡を外して覗いてみると、古い写真が映し出されていた。じっくりと見ていると、自動で写真がスライドされいく。何枚くらいあるのかわからないが、1枚あたり10秒くらいのペースで、人物写真や風景写真など、当時の生活風習を見ることができる。プロパガンダポスター

  プロパガンダポスターがディスプレーの中に保管されていた。戦争中に作ったポスターのせいか、ポスターを見る人々に強い印象を与えるため赤、青、黄の原色が多く使われている。プロパガンダポスターが作られてから半世紀以上経つが、デザイン的には現代の私が見ても斬新な色使いだと思う。

  上段右2枚の戦闘機が描かれたポスターは、いかにもプロパガンダ的なデザイン。赤をベースにした黒とのコントラストが力強く見えた。

シンドラーの工場跡で最も衝撃だった

  人が首を吊っている横で記念撮影をしている。古い写真のせいか解像度が悪くはっきりと見えなかったが、兵士の表情は笑っているようにも見えた。現代とは時代が違うとはいえ、いや時代など関係なく、人が首を吊っている横で記念撮影を撮る神経を疑ってしまった。首吊りをさせられた人たちは、人として扱われてなかったのだろうか。

  ホロコーストといえば、強制収容所のガス室でツィクロンB(毒ガス)を撒かれるイメージがあった。おそらく過去に観た「縞模様のパジャマの少年」という映画のラストシーンが印象的だったからかもしれない。しかし、首吊り写真などを見ていると、様々な方法で殺戮(さつりく)が行われていたようだ。

  展示室の奥へと進んでいくたびに内容がどんどん重くなってくる。時折、館内には深く重いため息がこぼれる。私も首吊り記念撮影を見てから、気分が悪くなってしまった。展示物を見ていても、首吊りの光景が脳裏にこびりつき、何を見ても気分が滅入ってしまう。早くシンドラーの工場跡から立ち去りたい衝動にかられた。 Hbfと書かれているのは、ドイツ語で中央駅の略語。フランクフルト中央駅とベルリン中央駅にしか行ったことないが、両駅とも地名の後にHbfと書かれていた。クラクフはポーランドなのに、ドイツ語で書かれている「Hbf」という文字が歴史を物語っている。

  アウシュビッツ強制収容所に行く前に、ホロコーストの歴史をより深めるためにシンドラーの工場跡に来た。しかし、私が想像した以上に展示物の内容は重く、知られざる歴史があったことが少しだけわかった。シンドラーの工場跡に行く前に、「シンドラーのリスト」というスピルバーグ制作の映画を観ていれば、さらに理解を深めながら展示物を見ることができたのかもしれない。

  シンドラーの工場跡を出た後は、工場跡裏にあるクラクフ現代美術で目の保養をすることにした。

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